My Sweet Cookie

 

　それはまだ私――フィアッセ・クリステラが小さい頃のお話。

　私は長期のお休みになると、日本のお友達“高町”の家に遊びに来ていた。高町家には私より少し年下の男の子と女の子がいる。

　男の子の名前は恭也。女の子の名前は美由希。

　黒い髪に黒い瞳の兄妹。

　一方私は栗色の髪に青い瞳。

　二人は日本人で私はイギリス人。

　だから違うのは当たり前だけど、そんな人種、国の違いなど関係無く。私達はいつも仲良く一緒に遊んだ。

　恭也は川に連れて行ってくれて、釣りを教えてくれた。美由希とは本を読んだり、歌を歌ったりした。

　毎日が楽しく、輝いていた。

 

　ある日のこと。私は二人のお母さん、桃子にお菓子の作り方を教わった。桃子はお菓子職人（パティシエ）で、毎日色々なお菓子を私達に作ってくれた。

　ケーキにシュークリーム、パイやタルト。どれも美味しくて、それに見た目も可愛くて。まるで魔法でも使ったんじゃないかと思う素敵なお菓子の数々と、それを作る桃子に、私は憧れを抱いた事もあった。

　その魔法使いの桃子がお菓子作りを教えてくれる。その事が嬉しくて、その日は朝からそわそわしていたのを覚えている。

「フィアッセー、そんなに近づいて、熱くない？」

　真剣な顔でオーブンを覗く私の背中に、桃子は苦笑混じりに言った。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。それに結構焼き上がりに時間が掛かるし」

「うん……でももう少し……」

　生返事をしただけで、オーブンから眼は離さない。

　オーブンの中では、鉄板の上に星やハート、他にも色々な形をしたクッキー生地が並んでいる。クッキー生地は熱でだんだんと大きくなり、茶色く色付き始めた。

　私は時間を忘れてその様子をじっと見ていた。期待と不安と興味と……色々な感情が胸の奥で入り交ざっていた。

　それからどれ位の時間が経ったか……桃子は危ないからと私を少し下がらせて、オーブンの蓋を開けた。途端、中から熱と甘く香ばしい匂いとが漂ってきて、私の期待は一層大きくなった。

　両手に嵌めた鍋掴み（ウサギを模した可愛いもの）を使って桃子は慎重に鉄板を取り出す。

「うんうん。うまく焼き上がってるわ」

「本当？！」

　やけに高い声で訊く私に、桃子は微笑して鉄板を見やすいように下げてくれた。

　鉄板の上のクッキーは全部綺麗な焼き色をして、そこから漂う甘い香りは食欲を誘った。

　充分に満足な出来に、私と桃子は顔を見合わせて笑った。

 

　鉄板からお皿の上にクッキーを移す。たったそれだけの、作業ともいえない様な行為だというのに、やけに手付きは緊張していた。

　震える手を抑えてやっとのことでお皿に移し終える。お皿に盛られただけでより綺麗に、美味しそうに見えるのは……私の思い過ごしかな？

「綺麗に出来たわね」後ろからお皿を覗き込んで桃子が言った。お菓子名人の彼女が言うのだから、きっとそうなのだろう。嬉しくてつい口許が緩んだ。

「それじゃあ早速味見してみましょうか？」

　えっ、と驚いた後、私はうん、と小さく頷いた。

　味見となるとやはり少し――いや、少しどころではない。とても不安になる。

　いくら見た目が綺麗に出来ても、味が見た目通りだとは限らない。逆に見た目が多少悪くても美味しいものもあるのだ。

　私と桃子はクッキーを一枚づつ手に取った。顔を見合わせて、どちらが先に食べるかを目だけで会話する。だが結局はせーの、で一緒に食べることになり、私は手許のクッキーに眼を移した。

　猫の顔の形をしたクッキー。焼き色も良いし、漂う香りも甘く、美味しそうに思える。

　少しの間見つめた後、私はぎゅっと眼を閉じて、クッキーを一口食べた。

　サクッ、とした食感。

　程好い甘さと混ぜておいたアーモンドの新鮮な香りが、口一杯に広がって……

「美味しい！」

　私は思わず声に出していた。

「うん！　美味しい！　上手に出来てるわよフィアッセ。これならお店にも出せるわ」

　桃子もまるで自分の事の様に嬉しそうに言ってくれて、それまであった不安はどこへやら。私は満面の笑みを浮かべた。

「恭也と美由希も喜んでくれるかな？」

「もちろんよ――――あ」

　途中までは笑顔だったのに、はたと口を閉ざして、桃子は苦笑いを浮かべた。どうしたの？　と訊ねようとして、あっ、と私も気が付いた。

　恭也は甘いものがダメなんだ。

　正確に言えばダメになってしまったと言うべきか……。数日前、恭也は桃子が作ってくれた、生クリームたっぷりのシフォンケーキを食べて胸焼けを起こしてしまった。それから甘いものがダメになってしまったのだ。

　知っていた筈なのに、浮かれていてその事をすっかり忘れていた。

「え、えーっと、美由希はきっと喜んでくれるわよ」

「うん」

　にっこりと笑って答えたつもりだけど……たぶん私は少し寂しそうな顔をしていたのだろう。「そのー、フィアッセ……」桃子がどうにか励まそうと声を掛けてくれたその時。

「おかあさんただいまー」

「美由希、帰ったらまず手洗いとうがい」

　そんな女の子と男の子の声が玄関の方から聞こえてきて、私と桃子は顔を見合わせた。

「行きましょうか、フィアッセ？」

「……うん！」

　今度は強くしっかりと頷いて、私はクッキーの載ったお皿を持ってリビングへ向かった。

 

　リビングのテーブルにお皿を置いてソファーに座ると、恭也と美由希がやって来た。

「おかーさん、ふやっせー、ただいまー」

「ただいま」

　お帰りなさい、と私と桃子が揃って返すと、美由希は私の隣に座って嬉しそうに話し掛けてきた。

「あのね、あのね。さっきお兄ちゃんがね――」

　一生懸命に話し掛ける美由希に、私は柔らかい笑みを浮かべた。彼女といると何だか本当に自分がこの家族の一員になった気がしてくるし、美由希のことが本当の妹のようにも思えてくる。

　そしてその内、

「あーん、お母さんも混ぜて〜」

　私達の会話が気になったのだろう。桃子も一緒になって話に加わった。

「…………」

　ただ一人残された恭也は何をするでも無く隣のソファーに腰を落ち着け――そこでテーブルの上のクッキーに気が付いた。

「？　これは？」

「あら、気が付いた？　それはねー、なんとフィアッセの手作りクッキーよ！」

　何故か桃子が自慢げに答えた。

　本当？　と恭也が確かめる様に視線を向けたので、私は少し恥ずかしそうに、小さく頷いて答えた。

「うん、桃子に教えて貰って……」

　――と、くいくいと私の袖が引っ張られた。顔を振り向かせると、美由希が期待に満ちた瞳で私を見ていた。

「ねえねえふやっせ、食べても良い？　食べても良い？」

「え、うん。良いよ」

　微笑んで答えると、美由希はわーい、とクッキーに手を伸ばし――――はたとその手を止め、じっとクッキーを見つめた。

　どうしたんだろう？　私が首を傾げると、向かいで桃子が苦笑して呟いた。

「もう、美由希ったら……一杯あるんだからそんなに迷うことないのに」

　ああ、なるほど。そういうことか。

　美由希はどうやらどの形のクッキーを食べようかで、迷っているようだ。

　確かに形は違うが味はどれも一緒だし、桃子の言った通り一杯あるのだから好きなのを取ればいいのだが……それでも迷ってしまっているのが、彼女らしくて可愛い。

　それから少しして美由希はどれを食べるか決まったらしく、改めて手を伸ばした。

　――が、その一瞬前。美由希が取ろうとしていたクッキーを、横から伸びた手が掠め取った。

「あれ？」

　美由希は目をぱちぱちとさせ、私と桃子は驚いた顔で、その手の人物を振り返った。

「恭也……？」

「…………」

　恭也は手に持ったクッキー――猫の顔の形をしたもの――を見、それから何の躊躇いも無くそれを一口で口に入れた。

「ん……んぐ……ん…………」

　咀嚼してしっかりと味わい、飲み込む。それから私に振り返って、

「アーモンドを粉末にして混ぜたのか？」

「え……う、うん」

「甘味も程好くなって、香りも良い――」

　彼らしい細かい感想を口にして、

「美味しいよ、フィアッセ」

　にっこり笑って、言ってくれた。

　最初はただ唖然と、次にきょとんと、そして最後に私は嬉しさに顔を綻ばせた。

「恭也……」

　恭也はもう一枚クッキーを手に取って、ひょいと口の中に放り込んだ。

「き、恭也……貴方大丈夫なの？」

「何がだ？　旨いぞこれ」

　驚いた顔のまま尋ねる桃子に恭也は平然とした顔で答え、またクッキーを一枚掴む。その様子を見ていた美由希が突然抗議の声を上げた。

「あーっ！　お兄ちゃんばっかりズルイ！」

　まあ、自分が食べようとしていたクッキーを横から奪われた（？）のだから当然とも言える。恭也は怒る妹をちらりと見遣って、

「いつまでもぼーっとしてる方が悪い」

　冷たく一言言い放って、恭也はクッキー――今度はハートの形をしたものだった――を口の中に入れた。

「うん、旨い」

「う〜」それを見て美由希は小さな呻き声を出し、負けじとクッキーを掴んでぱくりと食べた。

　もぐもぐと口を動かし、口の中にクッキーの甘さが広がって、それまで不機嫌だった美由希の表情が段々と笑顔に変わる。

「おいしい！　ふやっせ、おいしいよ！」

　口の周りにクッキーの粉を付けて、美由希は私に振り返った。私はそんな彼女に向かってにっこりと微笑み、

「ありがとう美由希」

　次いで、恭也に振り返った。

「ありがとう、恭也……」

「…………」

　恭也は私から眼を背け、しかし小さく頷いて、クッキーを食べていた。

 

　それから――二人は私のクッキーを全部綺麗に食べてくれた。

 

 

 

「信じられない……」

　私の話を聞き終えて息子の士郎が最初に言ったのは、その一言だった。

「お父さんあんなに甘いもの嫌いなのに……」

　士郎も、娘のティオレも、あの人の甘いもの嫌いはよく知っている。だからそんなことを言うのだろうけど……私はつい苦笑した。

　そんな士郎とは対照的にティオレは、きらきらと眼を輝かせ、憧れる様に小さく吐息を漏らして、

「お父さん……その頃からお母さんのこと愛してたんだね」

「あ、愛？」娘の言葉だと言うにも拘らず、私の苦笑は照れ笑いに変わった。

「それじゃあお父さん、私のクッキーも食べてくれるかな？」

　ティオレはちらりとテーブルの上を見て訊ねた。

　そこにはお皿が一枚置いてあり、お皿の上にはティオレが初めて焼いたクッキーが盛られている。

　もちろん、と私は微笑して答えた。

「お父さんのことだからきっと、『美味しい美味しい』って、全部食べちゃうわよ」

「本当？！　お父さん全部食べてくれる？」

「えー、駄目だよそんなの」

　嬉しそうに訊くティオレの隣で突然士郎が不満げな声を上げた。私とティオレが同時に顔を振り向かせると、士郎は頬を膨らませて、

「僕だって食べたいんだからっ！」

　私とティオレは一瞬きょとんとした後、顔を見合わせてくすくすと笑った。

 

「ただいまー」

 

「あっ、お父さん帰って来た！」

　待ち望んでいた声が玄関の方から届き、ティオレと士郎は同時にリビングを飛び出して行った。

「お父さんお帰りなさーい」

「ねえねえお父さん、私ね、私――――」

　左右から息子と娘に抱き付かれ、困っているが嬉しそうな顔をしているあの人――恭也の姿が浮かんできて、私は一人クスッと笑った。

　クッキーを一枚手に取る。それはあの時、私が焼いたクッキーによく似ていた。

 

　そうそう、実は先程の話には続きがある。

　クッキーを食べ終えた恭也はその後、早々と自分の部屋に戻ってしまった。私が気になってこっそり様子を見に行くと、なんと彼は部屋で倒れていたのだ。

　驚く私にその時恭也は「風邪を引いた」と言っていたが、当然それは嘘。原因はやはり（というか他には考えられない）私のクッキーだ。けど、その時の彼の嘘が私にはとても嬉しかった。

　だからこの事はあの子達には内緒にしておく。あの人の名誉の為にも。

 

　クッキーを一口食べる。甘さと香りが口一杯に広がった。

　うん、美味しい。我が娘ながら良く出来てる。

　…………けど、恭也には少し甘過ぎるかな？　まあ、クッキーはこれ位甘いのが普通だろうし。それに――

「ただいま、フィアッセ」

「お帰りなさい、あなた……」

 

　――もしも倒れてしまったら、その時は私がずっと傍で看病してあげるつもりだ。

 

〈了〉

 

 

 

 

 

　　　〜あとがき〜

 

　はじめましての皆様、はじめまして。

　そうでない皆様、どうもです。天田ひでおです。

 

　いやぁ〜、ついに始まりましたね。他力本願寺�U。

　待っていましたです。なにせ前回、こういう企画をやっていた事に気付いたのは、終了翌日でしたから（ぉ

　そして……僕の好きなヒロイン、フィアッセさんは７位。

　良いっちゃー、良いんですが、もっと早く気が付いていればなー、と後悔していました。

 

　しかし今回は大丈夫！

　しっかり開始日から投票ですよ！

　こうしてＳＳも出来ましたよ！

　目指せ１位！

 

　今回は「Fate/stay night」のキャラまでいるから激戦は必至ですが、フィアッセ好きの皆さん、共に頑張りましょう！

 

 

 

 

　――あとがきというより、ただの応援コメントになりましたが気にしません。

　ええ、気にしません。だって応援ＳＳですから（ｗ